ジンジャーエールの味を忘れた

Twitter断ちしてるので、代わりにアウトプットする場所です。

真珠

 僕の家には小さな貝がある。

 クリーム色の小さな巻貝。掌ですっぽり覆ってしまえるくらいに小さくて、そのせいか耳に当てても海の音は聞こえない、ちっぽけな貝。四年よりももっと昔、今はもうなくなってしまった小さな電車に揺られて行った九月の海で拾った貝だ。

 お盆を過ぎて、海水浴客からクラゲたちに明け渡された遊泳場は、それでもまだ夏の気配を残していて、空の青と海の青が滲みだして、影まで青い砂浜を僕たちは歩いた。

「真珠があったりしないかな」

 無邪気にそういって小さな巻貝を覗き込んだ彼女に、真珠をつくるのは二枚貝だからその貝にはないんじゃないかな、と笑って話した。夏の日差しのせいか白飛びした思い出の中で、そんなやりとりだけが鮮やかに残っている。昔のことだ。

 あの夏の日から、あの海から遠く、ちっぽけな巻貝だけが、今もなお真珠のように輝いている。